W杯74西ドイツ大会2次リーグ第1試合西ドイツ2-0ユーゴ(74/6/26)のVHSを入手しました(2003/10/20 0:06)。
ユーゴはいつの時代もテクニック抜群です。この試合はエースのドラガン・ジャイッチ(28)は完全なベルツィ・フォクツ(27)のマンマークに抑えられますが、10番を背負ったヨヴァン・アチモヴィッチ(26)が活躍しています。エリック・バッティ(英国ジャーナリスト)がこの大会のベストイレブンに選んでいましたが、プラティニタイプの柔らかいテクニックを駆使しています。2-0というスコアの印象とは違い、接戦でした。
西ドイツが勝った要因は、ひとえに個人の能力の高さによるものだと思います。それもフットボーラーとしてトータルな能力というよりは、それぞれのポジションに必要な能力が高い、いわばスペシャリスト揃いの集団だったことではないでしょうか。それと地元で優勝しなければならないという、モチベーションの高さと国全体のサポートも見逃してはならないでしょう。
それにしても、ユーゴの才能には惚れ惚れします。イヴァン・ブリアン(24)、ヨシップ・カタリンスキー(26)、ブランコ・オブラク(27)、イヴォ・シュリアク(21)、そしてジャイッチ、みんな凄い!
西部謙司氏の『1974フットボールオデッセイ(双葉社)』に試合前のジャイッチとフォクツの様子が紹介されています。二人はユース時代から何度か対戦していて(代表では67/5/3、J1-0Dと70/11/18、J2-0Dの2度)、ジャイッチはフォクツには良い印象がなかったそうです。
この時も、ニコニコと近寄ってくるフォクツを見て、(くっ、またコイツか)と思っていると、変なセルビア語で「コンニチワ、ゲンキデスカ」と声をかけて来ました。
J「ああ、まあまあだね」
F「お前の名前は?」
J(またか。もうその手は食わんぞ、無視だ、無視。)
F「お前の名前は・・・・・ジャイッチ」
J(おっ!?)
F「ドラゴン・ジャイッチ」
J「あん?いや、ドラゴンじゃねえ。ドラガンだ。」
F「ドラ・・・・・。ドラゴ〜ン・ジャイッチ」
J「だから、よお」
F「ドラゴ〜ン♪」
J「あのなぁ!」
F「ゲンキデスカ?」
J「ああ、元気だよ」
F「ドラゴ〜ン♪ドラゴ〜ン♪」
J(くそっ、わざとだな。)
F「どらぐぉおおお〜ん」
J(死ねっ。)
『フォクツの完勝だった。このジャイッチとの一騎打ちは、フォクツ障害のベスト・バウトの一つになっている。』と記述されていますが、このエピソードは、当時ボルシアMGのスタッフだった鈴木良平氏の生の体験を元にしていますので、会話の内容にも臨場感が溢れています。
西ドイツが勝った要因は、ひとえに個人の能力の高さによるものだと思います。それもフットボーラーとしてトータルな能力というよりは、それぞれのポジションに必要な能力が高い、いわばスペシャリスト揃いの集団だったことではないでしょうか。それと地元で優勝しなければならないという、モチベーションの高さと国全体のサポートも見逃してはならないでしょう。
それにしても、ユーゴの才能には惚れ惚れします。イヴァン・ブリアン(24)、ヨシップ・カタリンスキー(26)、ブランコ・オブラク(27)、イヴォ・シュリアク(21)、そしてジャイッチ、みんな凄い!
西部謙司氏の『1974フットボールオデッセイ(双葉社)』に試合前のジャイッチとフォクツの様子が紹介されています。二人はユース時代から何度か対戦していて(代表では67/5/3、J1-0Dと70/11/18、J2-0Dの2度)、ジャイッチはフォクツには良い印象がなかったそうです。
この時も、ニコニコと近寄ってくるフォクツを見て、(くっ、またコイツか)と思っていると、変なセルビア語で「コンニチワ、ゲンキデスカ」と声をかけて来ました。
J「ああ、まあまあだね」
F「お前の名前は?」
J(またか。もうその手は食わんぞ、無視だ、無視。)
F「お前の名前は・・・・・ジャイッチ」
J(おっ!?)
F「ドラゴン・ジャイッチ」
J「あん?いや、ドラゴンじゃねえ。ドラガンだ。」
F「ドラ・・・・・。ドラゴ〜ン・ジャイッチ」
J「だから、よお」
F「ドラゴ〜ン♪」
J「あのなぁ!」
F「ゲンキデスカ?」
J「ああ、元気だよ」
F「ドラゴ〜ン♪ドラゴ〜ン♪」
J(くそっ、わざとだな。)
F「どらぐぉおおお〜ん」
J(死ねっ。)
『フォクツの完勝だった。このジャイッチとの一騎打ちは、フォクツ障害のベスト・バウトの一つになっている。』と記述されていますが、このエピソードは、当時ボルシアMGのスタッフだった鈴木良平氏の生の体験を元にしていますので、会話の内容にも臨場感が溢れています。


